平成24年度第1回史跡めぐり-飯高檀林跡・大原幽学記念館-

【日時】平成24年7月8日(日)
【場所】飯高檀林跡(匝瑳市)、大原幽学記念館・大原幽学遺跡史跡公園(旭市)
【概要】この日は、朝方から雨が降っていましたが、午前中には止んで、午後には晴れ間が広がり無事に史跡めぐりができました。最初の見学先の飯高檀林跡は、江戸時代に日蓮宗の学問所で、講堂・総門・鐘楼・鼓楼が国指定重要文化財になっています。芝山町の民俗芸能である白桝粉屋踊りでは、学問所に通うお坊さんが、途中に立ち寄った白桝粉屋の娘を見初めて婿になりたいと唄います。檀林跡は、中世の城跡でもあった要害の小高い丘にあり、鬱蒼とした森林に囲まれ静寂に包まれています。現地では、匝瑳市観光協会の土佐さんの案内で、ゆっくりと山を登り、ひとつひとつ丁寧な解説をいただきながら散策することができました。
その後、肉と野菜の直売所とレストランを併設する風土村(香取市鳩山)で休憩と昼食を取り、午後は、大原幽学記念館へ向かいました。大原幽学は、幕末の農村指導者で、先祖株組合という世界で最初の農業共同組合を作った人物です。長部村(現旭市長部)を拠点とするまでは房総など各地で教えを説き、殿部田(現芝山町殿部田)にも逗留していました。また、白桝(現芝山町大里)出身で明治・大正時代に貴族院議員や京都府知事を務めた木内重四郎の母は、長部村出身でした。そうした関わりもあり、芝山町域には大原幽学の門人になった人も多くいました。記念館では、学芸員の猪野さんから幽学への入門の書類である「神文」の実物を見せていただいた後、常設展示と公園内の幽学設計住居である旧林家住宅や幽学の旧宅などを案内していただきました。見学中は、参加者に幽学の関係者の子孫の方もおり、伝わっている話なども紹介いただき、学芸員の方ともいろりいろいろと情報交換ができました。今回の見学先は、芝山町との縁も深い場所・地域でしたので、今後とも、文化財や史跡と通していろいろな交流をしていきたいと思います。  
    

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